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八幡商業高校初のプロ野球選手
捕手 / 荒川 昇治(あらかわ しょうじ)(59回卒) 生まれ:1924年4月15日 球歴:八幡商→昭和鉄鋼→太陽ロビンス→大陽ロビンス→松竹ロビンス―大洋ロビンス―洋松ロビンス→大洋ホエールズ―大洋松竹ホエールズ(現:よこはまDeNA横浜DeNAベイスターズ)[背番号24]→毎日オリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)[背番号56]1955年引退 昭和15年、第27回中等学校優勝野球大会で活躍。八幡商業を卒業後、社会人野球の昭和鉄鋼経て、戦争を体験。戦争から帰ってきて昭和22年にプロ野球の太陽ロビンスに入団する。 昭和23年10月5日の対中日ドラゴンズ戦でサヨナラホームスチールを記録する。捕手としては足が速く、昭和30年には32盗塁を記録する。 昭和25年ペナントレースでは水爆打線の8番を担い打点88を誇り、正捕手としても攻守に活躍しベスト9に選ばれている。 昭和26年にはオールスターゲームにも初出場し、巨人軍、別所毅彦・川上哲治・青田昇・千葉茂、大阪軍(現阪神)藤村登美男、国鉄の金田正一、名古屋の杉下茂など名だたる日本のプロ野球選手に並び
2024年6月16日読了時間: 1分


八幡商初の甲子園出場に導く
投手 / 大辻 秀夫(おおつじ ひでお)(71回卒) 生まれ:1933年9月15日 身長:170㎝ 体重:68㎏ 球歴:八幡商→国鉄スワローズ(現:東京ヤクルトスワローズ)[背番号37]1954年に引退 昭和26年の第4回選抜高等学校野球大会で、八幡商業を初の甲子園出場へと導いた選手である。 秋の滋賀大会を制し、近畿大会では1回戦、準決勝と順調に勝ち進み決勝へと進出。決勝戦では強敵平安と対戦。延長16回日没引分の死闘を演ずる。翌日、再試合で敗れはするが、第4回選抜高等学校野球大会出場校として選ばれる。 同投手は、小柄ながら剛速球の持ち主で、高校卒業後、昭和27年に国鉄スワローズへ入団する。入団1年目には1試合に登板。2年目には7試合に登板。うち2試合で先発登板する。 プロ野球での年度別打撃成績表
2024年6月16日読了時間: 1分


林勝監督最後の教え子から誕生した左
投手 / 西川 純司(にしかわ じゅんじ)(121回卒) 生まれ:1983年5月12日 球 歴:八幡商→三重中京大学→西武ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)[背番号38]2008年引退 八幡商業高等学校時代は、第82回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦で坂元弥太郎を擁する浦和学院高校と対戦し、好投するも味方打線が1安打に抑えられ三振記録を献上し敗退した。 三重中京大学時代は、MAX141km/hのキレのある直球と多彩な変化球を操る投球を武器に好投を見せた。 2005年春の東海地区大学リーグ・朝日大学戦でノーヒットノーランを達成し、プロのスカウトから大きな注目を集め、プロ6球団が獲得を狙っていると言われた。しかし、2005年に左肩を痛めてしまい、復帰後は球速が133km/h程度に落ち込み、球威にも欠けた。10月に東海地区大学優勝決定戦で優勝するなど復調をアピール。最終的に西武ライオンズが単独で4巡目指名した。 ルーキーイヤーの2006年、二軍でチーム3位となる28試合に登板し、防御率2.25、投球回数20、奪三振17個、被打率.
2024年6月16日読了時間: 2分


HASSHOのエースから侍JAPANのエースへ
投手 / 則本 昂大(のりもと たかひろ)(128回卒) 身長:178㎝ 体重:82㎏ 球歴:八幡商→三重中京大学→東北楽天ゴールデンイーグルス[背番号14] 八幡商業高等学校時代は、MAX140km/hのストレートと切れ味鋭いスライダーを武器に2年生から主戦投手となる。3年生の夏の大会では、準決勝で綾羽高校に敗れ甲子園の出場経験は無し。 三重中京大学進学後は1年秋からリーグ戦に出場。2年次の第59回全日本大学野球選手権大会では広島経済大学戦で救援登板するも敗戦した。4年次の第61回全日本大学野球選手権大会の1回戦で大阪体育大学相手に延長10回を投げ、大隣憲司(近大)や藤岡貴裕(東洋大)の持つ大会記録の19奪三振を超える20奪三振(参考記録)を記録し、特別賞を受賞した。 大学での球速はMAX154km/h、大学通算でリーグMVP1回、ベストナイン2回を受賞。三重県リーグ通算成績は33勝0敗、防御率0.56。2012年のドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスから2位指名を受けた。 ルーキーイヤーの2013年には、開幕戦でプロ入り初登
2024年6月16日読了時間: 2分
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