野球部史
年表によれば、本校野球部の創設は明治31年4月12日で、県下では最初の野球部であった。
明治30年ごろ、神戸商業から転校生が初めて野球を本校にもたらし、大津の練兵場で練習をしたが、グロープもミットもなく素手でボールを受けて手をはらした、という記録を17回卒業の山本金治郎氏が時の思い出として述べておられる。
最初の対外試合は明治32年膳所中学とであったが、当時の記録によれば、勝敗を決せず有耶無耶に終わるとある。
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八幡商業高校 創立1886年(明治19年)
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野球部創部 創部1898年(明治31年)
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OB会創立 創立1965年(昭和40年)
明治19年5月1日
大津市宇船頭町(現大津市長等3丁目)において開校
明治25年2月18日
近江尚商会発会
明治31年4月12日
本校に始めて野球部発足
米原捨次郎教諭、鷲見亀五郎教諭が野球部の指導に当たる
ここに県下最初の野球部設立となる
その後、滋賀師範・滋賀二中(膳所)がこれに次ぐ
明治31年9月
野球部選手組織なる
投:村岡、捕:寺田、 一:久保田、二:山本、三:古月、遊:真田、左:松田
明治31年10月
審判上の揉め事があり野球部一時廃絶
明治32年2月
有志相寄り八景館裏クラブ、県庁裏クラブを組織両々相対す 再び活動再開する
明治32年4月
両クラブ融和し選手再組織となる
投:長谷川、捕:寺田、一:村岡、二:山本、三:大野、遊:真田、左:古月、中:加藤、右:清水
井狩・岩崎・森本・西田・井垣・平井・磯田
明治32年5月
滋師、二中(膳所中)と試合
明治32年11月
陸上大運動会に膳所中と試合、勝負決せず
明治34年4月9日
蒲生郡宇津呂村(現在地)に移転
明治34年6月8日
滋賀県立商業学校と改称
明治36年7月
校有会組織なり野球部は陸上運動部に編入
明治40年11月1日
校歌制定
明治41年4月1日
滋賀県立八幡商業学校と改称
大正3年6月
クラス選手制を設け年1回学年試合を開く
大正4年7月
第1回全国中等学校野球京津大会が始まる
京津大会は滋賀・京都の両県チームでトーナメントで争う
本校は第1回大会から参加する
大正6年7月
第3回全国中等学校野球京津大会出場せず
この大会が唯一の欠場となる
大正14年11月
滋賀県人会主催の第1回県選抜中学野球大会始まる
滋賀県内のチームが毎年4校参加 八幡商出場
甲子園球場で開催される(滋賀県のチームが全国大会に出られないと後に続く球児たちがコンプレックスを持ち、仮に出場しても、この広さや観衆にのまれてしまう。慣らしておくべきだし、今後の励みにもしてもらいたい、そんな願いで始まった大会である)
昭和2年10月
滋賀県人会主催の第3回県選抜中学野球大会優勝
昭和4年9月
第12回岐阜・滋賀大会で優勝
昭和5年8月
滋賀県人会主催第6回県選抜中学野球大会優勝
昭和5年9月
第13回岐阜・滋賀大会で優勝
昭和6年5月











